伝統の中で、「新しい山」を目指す!舞台に立ち続ける落語家 桂三幸 独占インタビュー

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皆さんは「落語」をご存知であると思うが、実際に見たことがある方は少ないのではないかと思う。実際私もその1人である。しかし、人生とは不思議なもので自分の未知の世界に引き寄せられるみたいで、今回取材先に決まったのは「落語家」の桂三幸さん。落語というものに触れてこなかった私にとって難易度の高い取材になりそうだが、ここは記者としての意地を見せて今回は「落語」そのものではなく「落語家」という人に笑顔を届ける仕事についてたくさん聞いていきたいと思う。

まずは落語を聞いてみた
落語に触れる機会のなかった私たちに優しい桂さんは手を差し述べ、ご自身の出る落語会に招待してくださった。その中で意外と古くさくないんだ、と実際に落語を聞いてみて思った。「昔の大衆文化」というイメージが強かった私は意外に感じた。何を言っているのかわからないような古い日本語で、訛りの効いた話し方で笑いが巻き起こる様子をテレビの中で見ていた私にとって今回は驚きの連続だった。正直何が面白いのかさっぱりわからないままで予習をしないまま当日を迎えた。が、しかし。実際に見てみると180度見方が変わった。今回見たのが創作落語と呼ばれる落語で落語家自身が考えた話だったからなのかもしれないが、ただ舞台の上で扇子と手拭いを持って座って話しているだけ。何の面白みもないその状況からは想像もつかないほどの面白い話が飛んできた。それも私たちのような世代にもわかりやすい面白さなのである。会場には私たち含め老若男女揃っていたが全員が笑い声を飛ばす。それは落語家さんたちが笑いのエキスパートなのだからだと感じた。
特に印象的なのは歌いながら登場してきたことだ。羽織を振り回して、サングラスをかけて。ここはライブ会場かと思うほどの照明が当たって。けれどもそれは単なる話の始まりとして行われた一種のプロローグに過ぎなかった。そんなに豪華にやったのにも関わらず序章にすぎなかったなんてと私を驚かせた。
落語はぶっ飛んでいた。これが素直な感想である。ただ日常にはない面白さをぶっ飛んだ方法で話してくれるからこそ落語は面白い。笑いを止めることは不可能であるくらいに。
朝にも関わらずハイテンションで話を進めていく落語家さんたちはみんな楽しそうだった。
話している本人たちが楽しいから私たちのも面白さが伝わるのかもしれないと考えると、その謎を無性に解き明かしたくなった。より一層取材が楽しみになる経験となった。
こんな経験を踏まえて今回私が桂さんに取材するテーマは「落語家」という仕事について。取材の準備を進める時に自分との接点は何だろうと考えたところ「エンターテイナー」というワードが私と落語家を繋げてくれた。舞台の上で人に笑顔を届けるという仕事をしている彼らはそういう職に就きたいと思っている私にとって憧れの存在であり学びの宝庫だ。そんな仕事をこなす桂さんに今回は仕事に対する思いや、魅せ方などについて聞き、私自身の将来の役に立つことを学ぶ機会となればと思う。

桂三幸
40歳(今年41歳)
噺家(はなしか)
漫才師になりたくて22歳のときに桂一門に入門した。

くー2

大学時代、21歳の4回生のときに決意した。その当時のエピソードを聞かせてもらった。

22歳のとき、家族への相談なしに入った。
うちは、母一人、子一人の母子家庭。
母親も本当は傍に居て欲しかっただろうけど、師匠がちゃんとした人(桂三枝師匠)だし、大学時代から落語研究会にいてその道を目指していたことを知っていたこともあって、「まあええんちゃうか」と認めてくれたんだなと思ってる。

噺家になることを決意したエピソードとしては、こんなのがあるね。
大学院試験。

周りから「あいつ就職もしないし大学院にも行く気配ないらしいけど、どうすんねん?」って見られていた。
もともと勝負ものとかレース争いとかが好きなので、「よし!大学院試験受けて1番とってやろう!」と一念発起。10日ぐらい大学の研究室に泊まり込みで猛烈に勉強して院試を受験した。

結果は4番。

(大学では、炭素からダイヤモンドを作る研究をしていたとか。つまり理系学生だったわけです。めちゃくちゃ意外!)

早速質問に移っていきたいと思います!